トムブログ

商社・海外営業部門のマネージャーによる、ビジネススキルを上げるためのブログ

MENU

ホンジュラスで過激派団体の集会に連れて行かれた話

f:id:vanvan1:20200604121525j:plain

学生時代にバックパッカー的な旅行にハマって、色んな所を旅していました。

タイ周辺の東南アジアから旅行を始め、インド・ネパールやアジア各国をぶらぶら訪問。

 

アジア諸国を旅行したのち、次はアメリカ大陸を縦断しようと思い立つ。

アメリカからスタートして、南米までずーっと陸路で南下していく計画。

 

ロサンゼルスからバスでトコトコと南に降りてゆき、

メキシコ・グアテマラを経て、ホンジュラスという国に着いたときの話。

 

ホンジュラス中南米について

f:id:vanvan1:20200602061016p:plain

ホンジュラスは古代マヤ文明のコパン遺跡が有名な、カリブ海に面した中米の国。

2014年には殺人発生率が世界1位にランクインした、ちょっと危険な香りがするところです。

ホンジュラスは国民全体の60%が貧困層で、マフィアによる犯罪が多発しています。

 

アメリカ繁栄の陰で、中南米には貧しい生活を送っている人々がたくさんいます。

中南米全体として反米感情が根強く、中南米では反資本主義的な左派政権がメジャー。

メキシコでは、アメリカの戦闘機からコカ・コーラ型の爆弾が落とされる反米・反資本主義的なポスターを掲げるデモも見かけました。

 

また、中南米のほとんどの国はスペイン語公用語になっています。

中南米ではなかなか英語を理解できる人がいないので、スペイン語の習得が必須です。

メキシコに入国した瞬間に「ワン・ツー・スリー」が通じなくなったのは衝撃でした。

 

ときおり感じる危険な雰囲気、左翼的な反資本主義、英語が通じない環境。

これまで旅してきたアジアとは一味違う空気感に緊張しながらも、未知の体験にワクワクしながら旅行をしていました。

 

バスターミナルにて

f:id:vanvan1:20200603183346j:plain

中南米旅行でメインとなる移動手段はバスで、国境を超えて移動することができます。

ホンジュラスに入国する際も、国際バスを利用しました。

 

グアテマラからバスで国境を超えて入国し、

次の目的地ニカラグアに移動する中継地点として、

ホンジュラスの首都テグシガルパに降り立ちました。

 

テグシガルパでの予定は特に決めていなかったので、バスターミナルで計画を練る。

街をブラブラ散策して、おもしろそうな街なら宿泊するもよし。

特に見るものがなさそうなら、次のバスでニカラグアまで移動するもよし。

 

バスターミナルで今後の予定を考えていたら、地元住人っぽい女の子が話しかけてきました。

最初は怪しいので無視していたのですが、諦めずにずっと話しかけてきます。

 

てか、バスターミナルで地元の人に話しかけられるシチュエーションとかおかしいですよね?

もし日本の駅とかでホンジュラス人を見かけたとしても、「ちょっと話しかけてみるか」ってならないですよね?

 

つまり冷静に考えると、この子は悪だくみをするために自分に話しかけている確率が高い。

好奇心で声をかけた可能性もあるけれど、異国の地では安全第一を考えるのがセオリー。

海外旅行では騙されたり、危険な事件に巻き込まれるリスクは極力回避しないといけない。

 

しかし、当時の私はそんな簡単なセオリーを無視してしまう。

 

海外で地元の人と話すことは貴重な機会だとに考えたのか、

ただ単に女の子に声をかけられたことに浮かれて下心がでてしまったのか、

警戒心は一応持ちながらもホイホイと女の子と会話を始めてしまいました。

 

街案内をしてくれることに

f:id:vanvan1:20200604061806j:plain

やっぱり女の子は地元住人のようで、スペイン語しか話せない様子。

片言のスペイン語ジェスチャーを交えながら会話をしようと試みる。

 

「どこの国から来たのか?」とか、

「なぜホンジュラスに来たのか?」とか、

なんとか簡単な会話は成立したが、すぐに話すこともなくなる。

 

すると、「街を案内してあげる」と言ってくる。

 

街案内をして高額な料金を取られるのではないかと疑い、お金は全然持ってないことを伝えるが、別にお金はいらないと言う。

どこか別の場所でお金を巻き上げられるのではないかと疑い、遠くに行くのかと訊くと、街の中心付近だけを案内すると言う。

 

胡散臭いなと思いながらも、

万が一なにかあれば逃げればいいし、

どうせ暇だし街案内ぐらいならいいか、

と軽く考えて街をぶらつくことになりました。

 

怪しいところに連れていかれるのではないかと警戒していましたが、思いのほかちゃんと街案内をしてくれる。

街の中心から離れた場所にも連れていかれないし、急に仲間が飛び出してきたり、なにか買わされるような雰囲気もしない。

 

警戒はしていましたが、街案内自体は意外とリラックスして楽しめました。

カテドラルと市場があって街全体がコロニアル建築で構成されている、中南米によくある綺麗ないい感じの街並みを堪能。

 

ひとしきり街案内をしてもらったところで、

「ちょっと寄るところがあるので付いてきてくれ」と言われる。

 

きましたわ。これが目的か。

 

自分の中で一気に警戒レベルが上がる。

街案内は油断させるための布石で、これから危ないところに連れていくつもりに違いない。

 

まぁでも街案内は一応ちゃんとしてくれたし、ちょっと様子を伺うか。

あんまり遠くや、ヤバいところに連れて行かれそうなら全力で逃げよう。

 

自分の危機管理能力の低さにより、また判断を先延ばしにする。

 

街の中心からさほど離れていない、公園の近くにある公民館みたいな場所に到着。

ここなら何かあっても逃げられると思い、好奇心もあって様子を見てみることにした。

 

このときは公民館のなかで何が催されているか知るよしもなかった。

 

革命のとき

f:id:vanvan1:20200602055854j:plain

こわごわ公民館のなかをのぞくと、50人ぐらいの若者が集会みたいなことをしていた。

集まりの前の方には少し高くなったステージみたいなところがあって、誰かが演説みたいなことをしている。

 

身振り手振りをつかったスピーチで、並々ならぬ迫力と熱意を感じる。

聴衆も演説に対して、大きいリアクションや万雷の拍手で応じている。

 

いかんせんスペイン語なので内容が理解できないのだが、

じっと演説の内容を聞いていると、いくつか理解できる単語がある。

 

明日決行する!

これは革命だ!

 

これは雲行きが怪しくなってきた、暴動とかテロの話をしているんじゃないか。

とんでもないところに来てしまった。

 

中米には貧困や反米主義を背景にしたテロ・ゲリラ組織もあるって聞いたし、だいたい革命って単語は左翼的な響きがありすぎる。

軽いパニックになってアワアワしていると、演説が最高潮に達して集会に来ている人になにかを配りはじめた。

 

なにかと思って見てみると、

チェ・ゲバラがプリントされたパーカーだった。

 

Wikipediaより

エルネスト・ゲバラErnesto Guevara1928年6月14日 - 1967年10月9日)は、アルゼンチン生まれの政治家革命家で、キューバゲリラ指導者。

ゲバラの生涯と思想は、反米的思想を持つ西側の若者や、冷戦下における南アメリカ諸国の軍事政権独裁政権下で革命を目指す者たちに熱狂的にもてはやされ、その写真は1960年代の後半頃からTシャツポスターに印刷されるシンボルとなった。南アメリカ諸国の大学では、現在でもゲリラ時代のゲバラの顔を描いた大きな垂れ幕を掲げているところがある。

 

これは確定ですわ。

過激派集団の集会についてきてしまったのだ。

きっと明日、暴動かテロをするための決起集会なんだ。

 

だいたいホイホイと軽率に知らない人について行ったのが間違いだった。

知らない人についていってはいけないと子供の頃から教わってきたじゃないか。

お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください。

僕はホンジュラスで左翼団体のテロに巻き込まれてしまうようです。

 

どうにか冷静に事態を把握しようと思い、拙いスペイン語で隣の人に話しかけてみる。

 

「一体なんのための革命なんだ?」と、

 

返ってきた答えは、

 

明日サッカーの国際試合があるんだ!

明日はホンジュラスのサッカー革命になる日だ!

 

あっ、ふーん。

 

明日はサッカーの国際試合があるのか。

ということは、ここの人たちは熱心なサッカーサポーターなのか。

 

チェ・ゲバラのプリントも、政治的な意味合いじゃなくてデザインなんだね。

そういえばサッカーのサポーターで、チェ・ゲバラのデザインが入ったフラッグ見かけたりするもんね。

 

なんだ、早とちりしちゃったよ。

 

解散

その後まもなく集会はお開きとなり、私は無事にバスターミナルまで送ってもらえました。

ちょうどニカラグアに行くバスが出発する時間だったので、そのままホンジュラスを出国。

 

ニカラグアに向かうバスのなかで、さっきの体験は一体なんだったのかと思い返していました。

 

なぜ見知らぬアジア人である私に対して、親切にも街案内してくれたのか?

なぜサッカーサポーターの集会に、私を連れて行こうと思ったのか?

なぜ応援ユニフォームが、チェ・ゲバラがプリントされたパーカーだったのか?

 

 

帰国後にホンジュラスのサッカーについて調べていたら、下記の事件を見つける。

ホンジュラスエルサルバドルの間で、サッカーがきっかけになって戦争が起こったとのこと。

 

左翼団体の集会ではなかったけど、サッカーの集会でもけっこう危なかったのではと冷や汗をかきました。

思い返せば、公民館にいた若者たちの熱量は半端じゃなかったもんなぁ。

f:id:vanvan1:20200528062029j:plain
f:id:vanvan1:20200528062026j:plain

 

新着記事